「どこか不思議な感じの患者さんでした。 いえ、見た目は確かに変でしたけど、そう いうとこじゃなくて、なんていうか、もっとこう・・・。 「ええ、大怪我でした。 まるで、そうですね、戦車とでも戦って来たみたいな。 いえ、でも応急処置が的確だったおかげでこちらの治療も随分効果があがったんですよ? 「容態ですか? 昨日までうんうん唸ってましたけど、今朝なんてお粥じゃ足りないとか いって駄々こねてましたし。 お昼頃にはもう歩いてましたけど、さすがに無茶ですから 即、ベッドに叩き込んどきました。 「ですよねぇ。 今このベッドにいないって事は、またどっか出歩いちゃってるんですか ねぇ・・・。 あ、そう云えば、何か一生懸命書いてましたよ? いえ、絵じゃなかった と思います。 手紙・・・みたいでしたけど・・・。 ほら、その枕の、そう、それです。 「じゃ、わたし、他にも仕事ありますから。 ・・・あ、あの、申し訳ないんですけど、 今日までの入院費、受付で払っといていただけます? それだけ、おねがいしますね?  足早に病室を出ていく看護婦を振り返ろうともせず、4人の男女はもぬけの殻のベッド を黙って見つめていた。 またいつものように広場のはじっこで絵でも描いてるんじゃないか? だが、そうは思わせてくれない理由が、そこにはっきりとカタチとして存在していたから。  三つに折られた紙は、彼らが迎えに来るまでそのベッドで療養しているはずだった怪我 人がいつも使っていたものに他ならない。 それはいい。 気になるのは、その紙の隣に 無造作に置かれたひとかたまりの巨大な毛玉のような・・・。 「ヅラ?」 つややかな黒髪を腰まで垂らした少女が、澄んだ声で呟く。 「ヅラね。」 軍人だろうか? 切れ長の目を少し曇らせながら、落ち着いた声で呟く。 「ヅラですねぇ。」 リボンで結われた髪を揺らしながら、もう一人の少女が呟く。 「ヅラだよねぇ。」 透けるような金髪をかきあげながら、長身の青年が呟く。 「・・・ヅラはいいから。 ミント、それ、読んで。」 切れ長の目の・・・キョーコ・アクリエルが促すと、傍らのリボンの少女・・・ミント・ アクリエルは小さく首を振った。 「嫌・・・読みたくない・・・」 うつむいて、言葉を繋ぐ。 「何か、嫌なことが書いてある気がするの。」 「気にしすぎよぉ! なら、あたし読むね?」 澄んだ声の・・・フリージアが紙を手にとり、かさりと開く。 「え〜と、『花ビラ3回転、5000円ポッキリ!!』」 「フリージア?」 キョーコが静かに云う。 目がちょっと恐い。 「だってだって、ほんとにそう書いてあるんだもの!! 『・・・ポッキリ!! って、みんな、ちゃんとコケたか? キョーコさんあたり、怒っ てないか?(笑) だめだぞぅ、余裕ないと。 そういつもいつもクールに決めてると、 終いに眉間にシワ寄っちゃうぞ? あ、いや、すまん。 別にシワの話しようとしてこん なもん書いてるんじゃないんだ。 ・・・あのさ、実は、ベッドで寝てる間に考えてたん だけど、おれ』 ・・・」 口を尖らせながら続きを読み上げていたフリージアの声が不意に途切れる。 「フリージ・・・フリージア?」 さっきと同じトーンで呼び掛けたキョーコの声が、見る間に溢れ出すフリージアの涙を認 めた途端にオクターブ跳ね上がる。 しゃくりあげはじめたフリージアの手から、くしゃくしゃになった紙を取ろうとして・・・ 「お姉ちゃん・・・」 横を見ると、ミントがやはり涙を浮かべた瞳でキョーコを見返して小さく震えている。 彼女なりに、なにか予感する物はあったのだろう。 その瞬間、そこに何が書かれているか、キョーコにも大方の予想がついてしまった。  手を止めたキョーコの代わりに紙を受けとった金髪の青年・・・ナギ=グレンフィール ドが、穏やかな調子で続ける。 「『ベッドで寝てる間に考えたんだけど、おれ、やっぱ今のままじゃどうにも役立たずな んじゃないかなって。 魔法唱えてもどっかショボいし、殴ってもダメージはかすり傷く らいだし・・・。 まぁ、ただの絵師が本職の戦士や魔法使いにかなうわきゃないっちゃ そこまでなんだけどね(笑)。』」 「・・・馬鹿だな、番長・・・。」 ぽつりとナギがもらし、そして続ける。 「『今回のギガンテス戦で、イヤってほど思い知られさちゃったから、それ。 いやぁ、 痛かったよ?(笑) ・・・肉体的にも、精神的にも、ほんと痛かった・・・。 この病室 の天井、しばらく魂抜けたみたいにずーっと見上げてた。 やっぱ絵師には無理じゃん、 って。 いい加減、暴れまわる歳でもねぇじゃん、って。』 『・・・でも、まだどこかで落ち着きたくないおれが騒ぐんだ。 こんなとこで立ち止 まって満足なのか? 精一杯、やるだけやったのか? って。』 『満足? 精一杯? ・・・冗談じゃねぇ、まだ全然だッ!! 背負ってる白ランは伊達 じゃねぇんだッ!!』 『・・・ただ、今までのおれって、正直みんなと一緒にいたからそこそこやって来れたん だと思う。 みんなに頼り過ぎてたんだろうな。 ・・・だから、しばらく自分一人の力 でどこまでやれるか試してみたいんだ。 うん、馬鹿だと思うよ? 自分でもそう思う。 でも、それでもやってみたい。 これからも冒険を続けていく為に。 ・・・これから先 どんどん強くなって行くみんなに、力や能力で負けても気持ちの上で負けない為に。』」 「そのためにわたしが戦略を!!」 涙の珠を散らして声を上げるミントに、ナギが優しく声をかける。 「うん。 ミントの戦略は間違ってないよ? 番長だって、『うちの軍師うちの軍師』って そこらじゅうで自慢してたし。 聞いてて恥ずかしくなるくらいね(笑)。」 「だったら!」 「でもね、なんとなく分かる気がするんだ。 ぼくも男だからかなぁ・・・あ、むこうは 『漢』だっけ(笑)。」 「戦場で男も女もなかろう!」 黙っていたキョーコが静かにナギを見据え、その空気に、それまでずっとしゃくりあげて いたフリージアが息を飲む。 が、ナギは微笑みながらキョーコを見返し、同じくキョー コもその整った唇の端を微かに引きながら言葉を継ぐ。 「・・・と、云いたいところだが・・・『漢』と云われればわからんでもないな。」 「お姉ちゃん・・・。」 「いつだったか、わたしたち全員の絵を見る間に描き上げたことがあったろう? 『絵霊 が来たッ!!』とか大騒ぎしながら(笑)。 まぁ、善くも悪くも加減が効かないんだね、 あの番長って人間は。」 「・・・ほら、キミ宛に書いてあるよ?」 ナギが差し出した紙を受け取り、ミントが目を走らせる。 『ミント: いつだって的確で緻密な戦略と、その時々に応じた戦術、感服してた。 いつも謙遜する けど、キミはもっと胸を張って! 軍師らしく、堂々と! ・・・魔法少女の方はそれ以 上堂々としなくていいから(笑)。 知恵と慈愛の星を持つ小さな軍師・・・これからもみ んなに道を示してあげてほしい。 キミにはその力があるし、キミが選んだ仲間もそれに 応えてくれるだけの力を持ってる。 キミの目に間違いはないよ。』 困ったような笑ったような表情を浮かべながら、フリージアに紙を手渡す。 『フリージア: 機械兵並みのパワー、ちょっとくらい射程がずれててもものともしないその天性の戦闘セ ンス、ただ驚くばかりだった。 おれがいなくなると隠れる背中もなくなっちゃうけど、 ああ見えてナギの背中も広いんだ、頼れるヤツだよ? それから、その澄んだ声で突拍子 もないこと云うの、止めような?(笑) 力と明るさの星に守られた可憐な戦士・・・ キミのその腕で道を切り開いて行くんだ。』 この華奢な背中のどこに隠れよう、そう思いながら、ナギに紙を渡す。 『ナギ: 結局どんなに努力しても、本職にはかなわなかったなぁ・・・悔しいよ。 悔しいけど、 ナギさんにかなわなかったんだから諦めもつくってもんで。 ルシアール高等魔術院の 隠し玉だもんな。 勝てないわそりゃ(笑)。 同じ魔法唱えても5割方でかいんだもん。 ついでだから云うけど、いい加減に自分がカッコいいって事、気付いた方がいいよ? ひときわ輝く知性の星の許に生まれた魔法使い・・・キミの求めるものがいつか手に入る ことを祈ってる。』 ・・・カッコいい? 誰が? そんな顔でキョーコに紙を手渡す。 『キョーコ: 決して派手じゃないけど、無駄のない動きで確実に仕留めていくキミは、間違いなくパー ティの柱石だ。 いつだって、どんなときだって、憎らしい程冷静だったね。 その冷静 さで何度窮地から救われたことか。 感謝してる。 不思議だったのは・・・男だ女だっ て区別されるのが人一倍嫌いだったハズのキミが時折見せる仕種や表情が、やけに女っぽ かったことかなぁ・・・それも、とびっきりいい女でさ(笑)。 あ、怒るな怒るな(笑)。 強さと裏腹の優しさの星を宿した重機乗り・・・いい女になるのだな。 <違爆。』 呆れたように微笑しかけた唇をきゅっとへの字に結びなおして、続く一文は声に出して読 む。 「『預かってたアイテムはベッドの下に押し込んである。 装甲板もね(笑)。 それとも う一つ、リーダーの証たるアフロも置いて行く。 前々から云ってたように、ナギさん、 キミがリーダーとしてこのアフロを身につけてくれ。』」 「ヤだ。」 すかさず、しかもきっぱりとナギが拒絶する。 相変わらずツッコミが早い(笑)。 「『って云うと思って、もっといやがる人に押し付けようと思う(笑)。 キョーコさん、 みんなを頼んだよ? キミがソウルフルな髪型になるのを見られないのが心残りだけど、 目の前にいると多分ぶん殴られると思うから、一足先にここから失礼することにする(笑)。 いつかきっと、ひと回り大きくなって戻ってくる。 ・・・戻って来た時に居場所がなく ても文句は云わない。 勝手に飛び出すんだ、云えた義理じゃないし(笑)。 ・・・でも もし許してもらえるのなら、笑って迎えてもらえると嬉しいな・・・。 ・・・ミント、フリージア、ナギ、キョーコ・・・みんな、元気で。 また逢おう。』」 「・・・。」 いろんな意味で言葉を失うキョーコは、これまで見せたこともない表情を浮かべている。 「泣いていいんだか笑っていいんだか、これじゃわかんないよ、番長。」 そう云うフリージアの目に、もう涙はない。 必ず帰ってくる、そう信じているような、 そんな笑顔で。 「空いた5人目は、このさきいつまでもずっと指定席ですっ!」 ミントが云い切る。 頭の中には既に4人で戦い抜く為の戦術が組み立てられつつあるの だろう。 瞳の奥に真剣な光が宿っている。 「ふた回りくらいちっちゃくなって帰ってこなきゃいいけど(笑)。 にしても、入る時も 出る時も、慌ただしい人だねほんとに(笑)。」 ナギが笑う。 窓から見える夕暮れの空をちょっと見上げて、少し遠い目をしながら。  やがて冒険者達は、めいめい預けていた自分の武具を手に、西日に赤く染まった病室 をひとり、またひとりと後にして、最後にドアを閉めたキョーコが小さく呟く。 「浮気はするなよ・・・」 「やっぱ勝ち目、薄いかなぁ・・・。」 「!!」 聞かれた!? 泡を喰うキョーコを、いたずらっぽい笑みを浮かべながら覗き込むのはフリージア。 「キョーコさんがかぶらないなら、あたしがそのアフロかぶってもいいんですよ〜? な んたって番長のアフロですもんねぇ〜♪」 「・・・ふ。」 「ライバル、ですっ♪ 負けませんよ?」 そう云うフリージアに、キョーコはそれは鮮やかに微笑んでみせた。 *****  奇妙な縁から始まった5人の冒険の道のりは、ここで突然枝別れする。 しかし、おなじ終着点の道はやがてまた一本に束ねられよう。 冒険者達が、このアストローナの舞台に求められる役者である限りは。 ・・・そう歌ったツインボーカルの吟遊詩人は確か5人組だった、という。