アストローナ最大の港町、ライカの中心にある広場を1人の青年が歩いている。  潮気の混じった風に揺れる髪は透けるようなプラチナブロンド。 柔らかい印象を与えながらもその奥に強い意志を感じさせる瞳は澄んだブルー。 歩を進めるたびに静かに揺れるローブは金糸に縁取られた落ち着いた草色。 すれ違う若い娘達がみな、息を飲んで見送るのも無理もないことかもしれない。  青年の名はナギ、ナギ=グレンフィールド。 聞くものが聞けば、はたと膝を打つであろう。 ルシアールの名門魔術学校の出身で、先年のディアス帝国の大侵攻の際も小規模なが ら遊撃隊のリーダーとしてその名を世に知らしめた。 その後、魔術学校の強い要請 もあり一時教職に身を置いていたものの、自らの夢を追いたい、という理由であっさ りと辞して、現在はこの港町で娘達の熱いまなざしを集めつつ日々を送っている。  ・・・朴念仁とでも云おうか・・・彼自身は一向に気付かないまま。  いつもより少しざわついた雰囲気に小首をかしげつつ広場を抜け、商店街にさしか かる。 ここのパン屋で昼食を買うのがナギの日課なのだ。 先客の少女がいたが、 品定めに夢中らしかったのでいつものサンドイッチを受け取って店を離れようとした その時・・・ 「ぐぅぅぅぅぅぅぅ」  少女が顔を真っ赤にしてナギを見つめ、一瞬の後顔を伏せた。 見れば可愛らしい 顔はどことなく汚れ、着ているものもあちこち擦れてしまっているようだ。 ・・・少し考えて、ナギはサンドイッチをもう一つ注文することにした。 *****  商店街の角を曲がり裏通りに入ると、程なくして1軒の家の前でナギは足を止める。 と、少し離れてサンドイッチの包みを胸に抱いた少女もその足を止め、上目遣いにナ ギを見つめている。 「・・・あのね?」 「・・・」 「知らない男の人に食べ物もらったからって、ついてきちゃダメだよ?」 「・・・」 「・・・」 「・・・」 「・・・僕はこれから友人を訪ねるんだけど・・・」 「・・・」 「・・・」 「・・・」 「・・・仕方ない、おいで。 一緒にお昼、食べようか。」 「はいッ!!」 困ったように頭を掻くナギに、少女は輝くばかりの笑顔と澄んだ声で返した。 *****  さほど広くもない工房は、これ以上ないというくらいに雑多なモノが積み上げられ ている。 一見すると鍛冶屋のようだが、かまどはもう何年も火を入れられていない 様子で冷えきっているようだ。 代わりに床といい机といい、白い紙が辺り構わず積 み上げられているのがとても奇異に映る。  奥の部屋に人の気配がするところをみると、どうやらナギたちの前に誰か客人が来 ているようだ。 「で、僕になんの用だい、番長? ・・・それより、この状況を説明してもらうほう が先かな?」 ゆっくりとコーヒーカップを置き、ナギが尋ねる。 傍らでは先程の少女が最後のサ ンドイッチを幸せそうにほお張っている。 「むぅ・・・話せば長いんだが・・・」 番長と呼ばれた男が答える。 ここの家主らしいが、長身のナギより更に背が高く、 髪型から服装から、強烈な印象を見るものに与える。 ・・・っていうか、かなり変だ。 「空からお姉ちゃんたちが降ってきて、助けてくれって。」 「短いよ!!」 間髪入れずに見事なツッコミを入れるナギの隣で少女がコーヒーを噴き出しかける。 その背中をさすってやりながら 「・・・まぁ、だいたい分かった。」 「分かったんかいッ!!」 今度は番長がツッコむ番だった。 *****  奥の部屋の気配は、どうやらキョーコとミントと名乗る姉妹のモノらしかった。 番長の説明によると、姉の方は重機乗り、妹の方は白魔道士。 どちらもかなりの凄 腕と見受けられたが、疲労で今は深い眠りについているとのことだ。 「となると、戦士と魔術師が欲しいとこだね・・・うん、それで僕に声がかかったっ てワケか。 キミは?」 「おれは・・・おれはただの絵描きだぜ?」 「ふふふ。 先の大侵攻で大暴れしてたのはどこの誰だったかなぁ?」 「よせよ・・・。 とにかく、もう2人、戦士と魔術師に心当たり、ないか?」 「う〜ん、こういうときはキミの方が顔が利くんじゃないのかい? ・・・でも、まぁ キミがこんなに頭下げるなんて滅多にないことだし、心当たりを当たってみるよ。  しかしまぁ、随分肩入れしたもんだね。」 「むぅ。 かなり突飛な話だったが・・・あの姉妹が嘘や妄言を云ってるようには思 えなくてな。 帝国がまた侵攻を企ててるなんて、信じたくはなかったんだが・・・。」 「いや、確かにここ数ヶ月、魔術学校からも頻繁に復帰の依頼が来てはいたんだ・・ ・そう考えると、信じられない話じゃないさ。 僕だって夢はあるけど、平和な世の 中じゃなきゃ夢なんて追いかけられないからね。 その為なら、立ち上がるのもやぶ さかじゃない。」 「ナギさん・・・巻き込んで、すまん。 恩に着る。 ・・・エロ絵でも描こうか?」 「・・・怒るよ?」 「エッチな絵、描いてもらえるんですか!?」  突拍子もないタイミングで突拍子もない内容で、澄んだ叫びが上がる。 大の男2 人が耳を疑う中、大きな瞳をキラキラと輝かせて少女が言葉を続ける。 「あたしはフリージア。 山育ちだから、力には自信あるんですっ♪ お探しの戦士、 あたしを使ってください!! こっちのカッコいいお兄さんにはお昼ご馳走になっ ちゃったし、そっちのワイルドな番長さんってごく一部でマニアックな売れ方してる 鉛筆絵描きさんですよね? *印の。 そんな人の描いたエッチな絵なんて、すっご く欲しいじゃないですか! もう、絶対欲しいっ!! もらえるんなら、戦士だろう がなんだろうが、フリージア頑張っちゃいます!! ね? ね?」 ***** 「♪は〜るばる来たぜライシュパ〜♪」  最年長と思われるアフロヘアの白ランをまとった鍛冶職人の後ろに続いて、それぞ れ不安を抱いた顔…希望にあふれる笑顔。 5人組のpartyは一路ディアス帝国シュ パーリン街境へと向かっていた。 「それにしても、キミに魔術師の素養があるとはねぇ・・・人は見かけによらないっ て、ホントだね。 正直、逸材だよ? 魔術学校に推挙したいくらいだ。」 「無理矢理引っ張ってきやがって・・・。 おれは単なる鉛筆絵師だってのに・・・ ライカの広場で絵ぇ描いてるのが幸せだったのに・・・ナギさん、巻き込んだこと、 絶対恨んでるだろ。」 「ふふふ。 恨んでなんてないさ。 ちょっと責任を取ってもらっただけだよ♪」  奇妙な縁から旅を始めた5人は、果てしなく続く戦乱の歴史の中に名を残すことは ないかも知れない。 しかし、吟遊詩人の謳う英雄譚の一節とともに多くの冒険者た ちの記憶の片隅にとどめられることとなろう。 ・・・あるいは、その吟遊詩人は男女のツインボーカルの5人組かも知れないが。       to be continued an episode "holy-sisters" written by Granpa.